瑞希-第四話 青島の輝き
私、二条瑞希は青島の砂浜に立ち、波の音を聞いていた。現地調査を始めて2日目、資料から得た情報だけでは掴めない何かを探していた。
「どうすれば人の心を動かせるだろう」
カメラを構えながら、私はつぶやいた。海岸線の写真を撮り、メモを取る。でも、どこか物足りない。編集者として5年間、他人の言葉を整えてきた私だが、自分の言葉で魅力を伝えることの難しさを実感していた。
私は砂浜で足をとられて転びそうになった。
「あ!危ない!」
突然の声に振り返ると、20代半ばと思われる女性が小走りで近づいてきた。白いTシャツに短パン、首からは双眼鏡がぶら下がっている。女性は私の手を掴み支えた。
「あ、調査されてるんですか?私、星川蒼と言います。青島の海洋研究所で働いています」
「二条瑞希です。雑誌の編集をしていて、青島の特集記事の取材に来ています」
星川は目を輝かせた。
「雑誌ですか!すごい!砂浜の消失について書いてくれませんか?」
私は首を傾げた。
「砂浜の消失?」
「はい!シェルビーチって知ってますか?青島神社のある青島の砂浜は普通の砂浜じゃないんです。貝殻が砕けてできた砂なんです!」
星川の熱量に圧倒されながらも、私は興味を持った。
「シェルビーチ…初めて聞きました」
「見てください、これ!」
星川は私の手のひらに砂を少し載せた。よく見ると、確かに小さな貝殻の破片が混ざっている。太陽の光に照らされて、わずかに虹色に輝いていた。
「きれい…」
「でしょう?でもね、この砂浜、どんどん減ってるんです。だから砂浜の消失を守るためにボールペンが必要なんですよ!」
「ボールペン?」
私は混乱した。
「どういう意味ですか?」
星川は笑った。
「ごめんなさい。私、言葉が飛ぶことがあって。砂浜の消失を防いでウミガメを守るためにボールペンが必要なんです」
私は思わず笑みがこぼれた。星川の話し方には独特のリズムがあった。混乱しながらも、なぜか心地よい。よくよく聞くと、砂浜の消失を題材にした謎解きボールペンをつくって、環境問題を広めようとしているらしい。この辺りはウミガメの産卵地で砂浜の消失=ウミガメを救うことだとか。
「よかったら、研究所を見に来ませんか?ウミガメのことや青島のシェルビーチのことをお話しできます」
私は迷わず頷いた。
「ぜひお願いします」
海洋研究所は小さな施設だった。入口には手作りの看板が掲げられ、「南国海洋研究所」と書かれている古民家だった。
「ここでウミガメの調査をしています。あとは地元の子供たちに海の大切さを教える活動も」
星川は私を案内しながら熱心に説明した。水槽には怪我をしたウミガメが数匹。壁には青島の海の生態系を描いた手書きの図解が貼られていた。
「ほら、これがシェルビーチのサンプルです」
ガラスケースには色とりどりの貝殻とその破片が並べられている。
「青島の砂浜は、波によって砕かれた貝殻でできているんです。だから虹色に輝くこともあるんです。他の砂浜とは違う、特別な場所なんですよ」
星川の話を聞きながら、私の中でインスピレーションが湧き始めていた。
「星川さん、このシェルビーチ、いつから知られていたんですか?」
「実はあまり知られていないんです・・・。私も青島に住んでいたのについ最近まで知りませんでした」
「青島は還流で、海流がぶつかる空白地帯。鬼の洗濯岩があって、その上に貝殻堆積して、そしてビロウ樹が生えて島が形成されていったのです」
「どれぐらいの時をかけてこの素敵な島が形成されたんでしょうね」
「時間の価値を提案する…」
「え?何か言いました?」
「いえ…星川さん、この写真、特集に使わせていただけませんか?あと、インタビューも」
星川は目を丸くした。「え、いいんですか?ウミガメと砂浜の保全活動のことも書いてくれますか?」
「はい。青島の特別な時間を紹介する企画の中で、絶対に紹介したいです」
