桐山-番外編 つがいのフクロウ

私がMAYROのアンティーク時計店を訪れたのは、つい近くまで立ち寄ったついでだった。

店の入り口のベルが心地よい音を立てる。レトロな雰囲気の漂う店内には、様々な年代の時計がガラスケースに並べられている。木の温もりを感じる店内装飾が、時計の歴史と伝統を静かに物語っていた。

「いらっしゃいませ。あ、桐山さん」
カウンター奥から現れたのは、30代の若い店主だ。彼は時計技師という難しい仕事をしながらも、どこか親しみやすさのある雰囲気を持っていた。

「こんにちは。アンティーク時計が初めてでコンステレーションの調子を見てもらいたくて」
「もちろん、拝見しましょう」

彼は専門家の手つきで時計を受け取り、ルーペを取り出した。僕が彼を信頼しているのは、その若さにも関わらず持つ深い時計への造詣と、誠実な人柄によるものだ。

店主が時計を確認している間、店内を見回した。前回来店した時には気づかなかった、壁に飾られた写真が目に留まった。木の洞に寄り添って座るつがいのフクロウ。二羽とも目を開いて正面を見つめている姿が印象的だった。

「この写真、素敵ですね」
思わず声に出していた。店主が顔を上げた。

「ああ、あの写真ですか。お客様が撮られたものなんです」
「お客様の?プロの方かと思いました」
「いいえ、趣味のカメラマンの方です。北海道の知床で撮影されたそうですよ」
写真に近づいた。木々の枝に積もった雪、フクロウの羽毛がやわらかそうな様子、そして何より二羽の鳥の目の輝き。細部まで鮮明に捉えられている。

「望遠レンズを使って撮影されたそうです」
店主は続けた。
「フクロウは人の気配に敏感だから、かなり離れた場所から撮ったんでしょうね」

「とても鮮明ですね。腕のいい方なんですね」
「それだけじゃないんですよ」
店主は時計の調整を一時中断して、真剣な表情で話し始めた。

「この写真を撮るために、何時間も雪の中で待ち構えていたそうです。知床の冬は厳しいから、マイナス20度近くになることもある。そんな中で、動かずに待ち続けたんです」
息を呑んだ。マイナス20度の雪の中で何時間も待機する忍耐力。そこまでして捉えたい瞬間があるということ。

「フクロウは夜行性なので、昼間に目を開けているのは珍しいんです」
店主は説明を続けた。
「しかも、つがいのフクロウは一生を同じパートナーと過ごすため、こうして二羽が揃って姿を現すのは、さらに特別なことなんです」
じっと写真を見つめた。この一枚の裏には、カメラマンの情熱と忍耐、そして少しの幸運が詰まっている。それはまるで…

「これは、待ち続けた人だけが見られる瞬間なんですね」
僕は小さく呟いた。店主は微笑み、頷いた。

(息遣いまで感じそうな瞬間を切り取る・・・)という言葉が頭に浮かんだ。
その言葉が、僕の心に深く刺さった。

僕自身も最近、物件の写真を撮るようになっていた。でも、それは単に建物や部屋の様子を記録するだけのものだった。決して悪くはないが、何かが足りないと感じていた。そして今、この写真を前にして気づいた。僕は「写真を見た人へ伝えたいことを明確にイメージ」していなかった。

「最近、仕事がうまくいってなかったんです。どこか綺麗にまとめられた写真を撮っていて、きっと僕は上辺しか見ていなかったんですね」
再びフクロウの写真を見上げた。厳しい冬の中、互いに寄り添う二羽の姿。それを捉えるために何時間も凍える中で待ち続けたカメラマンの想い。

「伝えたいものがあれば、見えてくるものや撮れる写真があるんですね」
店主は穏やかに微笑んだ。
「時計の世界も同じです。良い時計は時間をかけて愛され、長い年月をかけて価値を増していく」
そうだ時計も同じだ。長い時が経っても正確に時刻を刻み続ける精細さ。きっと持ち主と一生寄り添える時計を目指したのだろう。

店を出る時、頭の中には新しいアイデアが浮かんでいた。明日から、物件の写真の撮り方を変えよう。その物件の何を伝えたいのか、明確にイメージしよう。きっとMAYROのお店に初めて訪れた直後にはできていた生活をイメージした伝え方。それを小手先の写真の取り方ばかり気にしてて、お客様に伝えたいことが横に置かれていた。

それは選ばれないわけだ・・・。
時計よりも僕自身がメンテナンスされた気持ちになった。

あとから聞いた話だが、この写真を撮った方は航空機の機内誌になんども掲載されたことがある凄い方だった。

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