瑞希-第三話 学生時代の記憶
その夜、再び瑞希は夢を見た。
大学時代、文芸部の合宿で夕日を見ながら、小さなノートに言葉をつづっていた。
「何を書いてるの、瑞希先輩?」
「うーん、ここから見える夕日の色を言葉にしようとしてるんだけど」
「先輩の文章って、時間が止まったみたいに感じるんです。読んでると、その場所にいるような…」
夢から覚めた瑞希は、すぐにノートパソコンを開いた。指先から言葉が溢れ出す。
『青島の朝は、光の目覚めから始まる。潮風が運ぶ塩の香りが、忘れていた感覚を呼び覚ます。ここでの時間は、日常では味わえない特別な”今”の連続だ…』
文章が紡がれていく。瑞希は夢中で書き続けた。「ふわっとした優しさ」のある文章。でも、その奥には確かな強さがあった。
翌週、もう一度MAYROを訪れた。企画書の下書きを持って、村上さんの意見を聞きたかったのだ。
「素晴らしいですね、二条さん」
店主は瑞希の企画書に目を通し、微笑んだ。
「これこそが、あなたの時間の刻み方だと思います。文章で人の心に寄り添う、そんな特別な才能をお持ちなんですね」
照れくさくなった。
「ありがとうございます。村上さんのおかげで、忘れていた自分を思い出せました」
「村上さんならこういうと思います。あなたの中にずっとあったものをあなた自身が見つけ直しただけです」
一週間後、編集部会議室。
「二条さんのプレゼン、素晴らしかったです」
旅行会社の担当者は目を輝かせていた。
「特に『時間を旅する』というコンセプトが印象的でした。観光スポットを売るのではなく、そこで過ごす時間の価値を提案する。斬新です」
プレゼンは大成功。私のプランは即採用され、次号の特集として組まれることになった。
帰り道、腕の時計-ROCHEを見つめた。秒針はしっかりと時を刻んでいる。
「時間を旅する…か」
小さな一歩だけれど、確かに前に進んでいた。もう「どうせ私なんて」とは言わない。私の心の中で、新しい時間が刻まれ始めていた。
